まだ見ぬ嫁を探して

東京外国語大学卒。 自由に書きます。 猟山主理 @shurinporin

「この旅の、企画の、最大の価値は何なのか?」


ぼくはこの質問に、答える事ができなかった。

答えるのに時間がかかったとかじゃなくて、文字通り言葉が出てこなかった。

けれど僕は、この答えをずっと前から知っていた。

負け組から抜け出す
その為に「今の自分」から一歩を踏み出すこと



駅までの帰り道、
先日作り上げた部活の紹介映像を見ながらついつい自分が現役の頃の思い出にふけっていた。



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ピッピピーーー!!

寒さの増す12月の夜、大学生活で最も残酷な音がフィールドに鳴り響いた。

それは試合終了の合図であり、同時に僕の4年間に及ぶアメフト部の引退を意味する瞬間でもあった。


あのとき、フィールドには2種類の涙が流れていた。

入替戦で勝利してリーグ昇格に歓喜した者の涙と、降格した者の涙。



後者の僕はただただ、スコアボードに映し出された試合の残り時間0:0013-24という数字の前に立ち尽くしていた。

同じ緑色のユニフォームを着た人たちが泣いている声が聞こえた。

けれどぼくは、すぐには涙が出なかった。

それから僕は事務的な試合後の片付けを機械的にこなした。 

しかし、周りの多くはその場にうな垂れていて作業は進まない。
一方で同じく引退が決まった同期たちは互いに寄りそうものもいれば、彼らのもとへ駆け寄る後輩たちもいた。

応援席の先輩OBやコーチから「お疲れ様」と声をかけられている人の姿も視界にうつった。

 

しかし僕へその様な声をかけてくる同期や後輩または先輩、コーチは誰一人いなかった。




僕はこの年、自ら立候補して主将に就いた。

そこそこ運動能力も高く、プレーヤーとしても活躍できる自信があった。

しかし、気づかない間にその自信は過信へと変わり、春のオープン戦では惨敗を喫した。そこにはプレーヤーとして活躍する姿もなければ、仲間を鼓舞する姿もなかった。

その頃から既に、僕は、チームの主将ではなかった。


主将を変えようか、という話も何度か同期や幹部の間で議題になった。

僕はやりとげたい思いや周りが求める人物像に自分を変えると主張し続けた。努力するとも約束した。

同期も、シーズン途中に主将を変えることで与える後輩への影響を危惧し、しぶしぶ僕の続投を了承した。


しかし、春が終わり、夏がすぎ、

そして秋の大会と、時間だけが過ぎていった。


真っ先に見切りをつけたコーチ陣は僕をレギュラーから外し、練習でも控えに回した。

僕も何かしら手を打とうと、思いつく限りのことはした。練習外での自主的な練習はもちろん、自分から離れていく仲間を引き止めたくご飯に誘ってみたりした。グランドでも声が枯れるまで周りに声を出した。


しかし大会では連敗が続き、だんだん僕の声は届かなくなり、ただどうすれば勝てるのか分からないまま、まるで出口のない迷路をさまよう状態が続いた。

そうして迎えた最終戦が、さっき終わった。


僕は自らチームを引っ張る立場に手を挙げ、その最後の1年を部活に全てを捧げる思いで休学までした。ところが、チームを引っ張るどころか、チームを下位リーグに落としてしまった。

東京外国語大学アメリカンフットボール部史上、最低のキャプテンとして烙印を押された気分だった。


そして引退してからしばらくの間、学校で仲間に顔を合わせることさえ辛かった。

とてつもなく自分が恥ずかしかった。

仲間が自分のことをどう思っているのか考えると、どうしようもないくらい怖かった。


そしてそれ以来、部活関係の人と関わることを避け、

就活や読書などにのめり込んだ。


就活では国内外の有名大学のエリートたちが集まる外資系投資銀行へ長期のインターンへ参加した。

心の底で、部活関係の人間を見返したいと思っていた。

その為に、エリート達が集う会社に行くことは、とても分かりやすい方法だと思った。
しかし、そこでは想像以上のレベルについていく事ができず、背伸びは限界に達して

望ましい結果は出せなかった。
 


これまで学業は真剣に取り組まず、卒業する為だけの単位を取ってきた。

周りの多くが留学や旅行する傍ら、「そんなもの行っても対して何も身に付かないだろう」「金の無駄だろう」とか勝手に自分の中でバリヤーを張っていた。

アルバイトもしていたが、いつも「どうせ一生の仕事じゃないし適当でいいだろう」とか心のどこかで思っていた。
だから作業を
ただこなすだけで終わり、必死になる事はなかった。
そして仕事に飽きる度にアルバイト先を替えてきた。

 


そして最も熱を入れて取り組んだはずの部活動では、人生最大の挫折をした。


今の僕は完全に負け組だ。


けれど、そんな自分が嫌だ。
一生馬鹿にされる思いはしたくない。
過去の惨めな経験に引きずられたくない。

負け組から脱したい。

今の自分から一歩を踏み出したい。 



これこそが、「おもしろいことをしたい」や「目立ちたい」等の理由の
本質なんだと気づいた。


アルゼンチンへ行く事も、南極行きの船に乗る事も
今の「行ってどうするの?お金と時間の無駄だよ」というしょうもない自分から
抜け出すための一歩にすぎない。 

けれど、その一歩を踏み出せない今の自分がいる。
だから旅を通して、本当に小さなことでも自分の気持ちに正直に向き合いたい。
そしてそれを色々な人に後押しされたい。

だからぼくはブログを書くし、
その思いを企業協賛の依頼やクラウドファンディングという形で表現しようとするんだと思う。


数多くの会社からお祈りされたり
厳しい言葉も頂いたり
クラウドファンディングも一度は頓挫したけれど

時間の許す限り、何度でもやってみようと思う。

幸いにも
このブログを通して声をかけてくれる友人や後輩や社会人の温かい言葉をいただいたおかげで

ぼくはもう少しだけ
この暇つぶしを続けていこうと思った。



これを
世間では小さな挑戦というのかもしれない。 


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